米国単身生活Blog by 聖荷西
米国単身生活で思うこと、独り言、役に立たない経験談、などお話したく。。。
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年金分割
 年金における2007年問題とも言われているようだが、「離婚時の厚生年金の分割制度」が今月から始まったらしい。そして来年4月には「離婚時の第3号被保険者期間についての厚生年金の分割制度」が導入されるらしい。
 いずれにしても、「今年以降離婚した場合には、年金が半分もらえる」と言った”大変革”をラフにイメージしている女性の方も多いかも知れないが、「この制度の施行を待つがために、ここ数年の離婚が減少していた」と言うのも「本当かな?」と思うくらい、(女性にとって)特大な変化がおきたわけではないよね??!
 月々数十万円は必要になるはずの老後の生活のうち、(今回の制度で)数万円分くらいが増えるくらいだからね。(元々老齢基礎年金分は別々だったわけだし、老齢厚生年金の分割はあくまでも婚姻期間中分の最大半分だからね)それに反し、失う権利の方も大きいはず。遺族厚生年金を貰うチャンスはなくなるし、(形式上でも)夫婦でいればもらえるはずの加給年金等の+アルファ分ももらえなくなる。(その分お上は得かな)
 要は、引き続き「サラリーマンの妻」のハンディキャップは大きいし、金銭的には一緒にいた方が双方にとって有利で、こんな制度とは関係なく、一緒にいたい人は一緒にいて、一緒にいたくない人はいない、と言うことなんだろうね。

 それでは、俺なんかも受給資格のある米国の年金はどうだろうか、と簡単に調べてみた。結論は、婚姻が10年以上続いていれば、受給開始時に夫婦でいるか否かに関わらず、カミさんは(もし再婚していなければ)俺の個人受給分(自体は影響を受けないで)の50%分をもらうことができるらしい。
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息子の通ったアメリカの小学校
 家族揃ってLA地区にいたころ息子が3-5年生(卒業)をすごした小学校のWebがあるのに気がついた。
 Palos Verdesの丘の中腹にあるPeninsula Heritage Schoolと言う名の学校なのだけれど、今はどうか知らないが一クラス(一学年)20人弱の少人数制で、非常に良い教育を受けさせてもらったと感じている(本人はどう思っているか分からないが<笑) 
 このWebにも出ている(今は偉くなられたようで) Head of SchoolのPatricia Cailler女史が入学の時から(言葉が不自由な)息子に対しても差別なく、得意な面を引き出すことに注力しながら、かつ英語力を付ける教育を心がけてくれて(アメリカの子供との付き合い方みたいなものを学ぶことも含め)息子自信著しく成長したように思う。
 そんな”帰国子女”の息子もいつの間にか今年は日本で大学に通っている。現時点で、英語力も含め何処までそのころのことが役立っているのか否かは知る由もないが<笑
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お盆に、チョイ、と帰省
 今週は休みをとって俺なりの帰省だ。5月に死んだ親父の新盆であることと、未だ片付いていない相続を処理するのが主な目的だ。海を渡る帰省といっても、荷造りはいつもの出張と同じだし、飛行機に乗って(一眠りして)しまえば、後は成田から電車で小一時間であるから、ラッシュもなく、日本国内で長距離を帰省するのに比べても楽なのではないかと考える。少々フライト代は掛かる(とは言っても、飛行機代なんてものはトリッキーで、特に早めに購入すれば相当に安いものがある)のと、時差があるくらいのものだろう。
 そして何よりも、カミさん、息子と久しぶりに会える大切な時間なのだけれど、息子は正月の「花園」をめざして長野での合宿でほぼ会えないらしい。ある意味「子供でいる」最後の夏かとも思ったが、相変わらず「すれ違い」の父子である。日本でも最近始まったiTunesのメンバーシップ(=クレジットカード番号)でも土産に置いてきてやるか。

 時差対策には「兎に角、寝る」のが一番。頭痛薬のタイルノールから出ている「眠り薬」”PM”、これ効くよ。


ここにも巣立ちの季節
 週末から久しぶりにLAにやってきた。思い出つまったPalosVerdesの丘にも立ち寄り、以前息子が大変に世話になった、(多分互いに無二の)友達の家を訪ねてきた。
 丁度先日こちらの高校を卒業し9月からは寮に入りサンフランシスコ近くの大学に通うことになるそうだ。これにあわせ、(やはり家族ぐるみでうちのカミさんなども非常によくしてもらった)彼のお母さんも子育てが終わり、親戚の多く住む東海岸へと引っ越すらしい。そのようなわけで”最後の一週間”とのことで、もう息子のことが心配らしく、今にも泣き出すのではないかと思ったくらい。
 彼に、「俺も北カリフォルニアの方にはよく行くから、今度会おうな。」と言ったら、早速、お母さんが俺に「その時は、(息子が)どのようにしていたか近況を必ず伝えてね。」とのことだった。
 一般的、マクロ的には親離れ、子離れがすっきりしているように思われるアメリカ社会だが、そう言った「巣立ちの時」の母子関係と言うのは、ミクロで見ると同じことがあるんだな、と、今高校三年の息子と対峙しているカミさんのことが妙に気になった一日だった。

海岸線の美しい(LA地区南部)Palos Verdes
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親の死に目と駐在員
 未明に親父が地元で息を引き取った。80歳間近で、あまり長く患わず、我がまま/頑固に生きていた割には最期も穏やかだったとのことで、幸せな往生だったと感じている。
 で、喪主ともなる俺は、この時点でも遥か8,000Kmの彼方でフライトのアレンジ、そして乗り継ぎでジタバタしている。駐在員の定めと言うのか、ことが起きてから場合によっては2日は掛かるので、まず死に目に会うのは難しい。
 まあ、その辺は親父自身も分かっていてくれたものと思っている。ただ、一つ訊いておけば良かったな、と感じているのは、「鬼畜米」と戦い、空襲の中を逃げ、兄貴も失っている世代の親父が、こうして長い間この国で仕事をしている(ある意味世話になっている)息子のことをどう思っていたのかな、と言うことである。
 そして、(飛行機嫌いで、)結局俺の赴任中も一度もこの国を見ることもなく往生した親父だが、とにかく「ありがとう、ご苦労様、ゆっくり休んでくれ」。あれだけ親父の頑固さに泣かされていたお袋が(かなり危なくなった時、)涙声で「親の死に目より辛い」と言っていたぜ。幸せな頑固親父である。
 そして、俺に代わって動き回ってくれている”嫁”であるカミさん、「ありがとう」。
 てなわけで、急遽シカゴ→LA→シアトル→成田で帰国する”親不孝”/”カミさん泣かせ”の駐在員である。

我が家の愛犬はアメリカ生まれ
 家族が住む日本の実家では犬を一匹飼っている。犬種はラサ・アプソ(シーズの元になっている犬)、名前はグレムリン(生後2~3ヶ月の時トーランス市のペットショップで買ってきたのだけれど、本当に映画のグレムリンにそっくりだった)。
 俺がたまに帰ったときも誰よりも喜んで迎えてくれるのが、アメリカ生まれのこいつ。もう7歳だ。
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